古い友人の死

古い友人が亡くなったことを共通の知り合いから知らされた。
亡くなった友人とはもう15年以上、会ってなかった。

人の死はいつも悲しい。
友人の死を経験するのはこれで二度目

15年以上会っていなかったのに私をこんなに悲しませるのは、その人が私の人生に現れなかったら、私の人生は変わっていたかもしれないからだ。

その人と出会ったのは、1990年代の初め、私がまだ学生の頃だった。
私はその人の本名を知らない。家族のことも知らないし、多分、年は私よりうんと上だったのだろう。

私が働き始めたナイトクラブによく来るお客さんの一人だった。
夜の世界に足を入れ始めたばかりの私には何もかも新鮮で、その空間にいる人達にどんどん魅かれていった。

本当の名前も知らない、何をしているのかも知らない、どんなバックグラウンドなのかも知らない。その場だけの友人との交流・・・・。

毎晩着飾って、美味しいお酒を飲み、タバコを美味しそうに吸い、踊って・・・・その時その時だけを全身で楽しんでいるような人達。過去も未来もないような・・・でも顔はみんな満ち足りていた。

そんな中で知り合った。

来ているお客さんの中でもその人は格好も一風変わっていて、常連客の中でもちょっと違う感じ。
その人は男性だったけれど、ゲイだった。
その人がなぜ私と友人になったかといういきさつは省くけれど、両親にほぼ勘当状態にされていて、フラフラとしていた私をとても心配していた。

その人は、私に毎晩のように"手紙"を書いて持ってきてくれた。
短くてもジョークでも、何か私に訴えるものがあって、私を笑わせてくれたし、私を悩ませてもくれた。

その頃の私は、はたから見たら危なっかしかっただろうし、何も知らないただの生意気な若い娘だったと思う。
あれやこれやと世話を焼いてくれて、私が悪いことをしても頭ごなしには叱らず、あくまでも私を心配しているという気持ちを一番に出して、私がしていることがどんなことなのか説いてくれた。

でも一度ものすごく怒られたことがある。
その頃はバブル。私の生活はぬるま湯につかっているようなもので、周囲の人間にちやほやされて甘やかされて、クラバーのお客さん達にも可愛がられていたと思う。誰にも怒られない生活、それをいいことに好き放題にやっていた。

そんな私をずっと見ていて、その人も本気で怒らなくてはいけないと思ったのだろう。

・・・・今まで怒ったりしなくて私を見守ってくれている人だと思っている人に怒られて、自分がしてきたこと、自分がしていること、自分がどんなに甘えているかにようやく気づくことが出来た。
夜の仕事も辞めて、将来についても考えるようになれた。あのまま夜の世界で働いていたらどうなっていただろう?と自分でも思う。本当に楽しくて、学んだことも多かったけれど、長くいなくて良かったのかもしれないとも・・・。

ナイトクラブで働いていた時に知り合った人達とは、そのクラブがなくなってからはほとんど連絡も取らず、年月と共に消えていった。いつも思うのが、あれだけ派手で目立つ人達がどこに行ってしまったのか?ってこと。私はそれからもいろんなクラブに行って遊んだりしていたけれど、あんなにきちがいじみているのにクールで、夜というものが今夜しかないように徹底的に楽しもうとする人達は、それからどこのクラブでも見ることは出来なかった。


それからもその人との交流は続き、私が悩んでいた時に、山本屋の味噌煮込みうどんを食べに連れて行ってくれて、私の悩みを聞いてくれたときのことは忘れられない。

私がカナダに最初に渡った時も、日本から日本食を送ってきてくれたり、私が結婚したことを知った時もお手製のスリッパを作って送ってくれた。

最後に会ったのがいつだったか思い出せない。
でもカナダに初めて渡る前だったと思う。

最後に連絡を取ったのは、2003年の夏だったか、私がその人の助けが必要だった時だった。
その時ももう何年も連絡していなかったのに、すぐに連絡をくれた時は本当に嬉しかったのに、会うことはしなかった。

本当はカナダから日本へ引っ越した後、2回程、その人を街で見かけたことがある。
でも声をかけることは出来なかった。
一度目は、私が拒食症でゲソゲソに痩せてしまっていた時。
二度目は、外を歩き回る仕事をしてて、時間に追われてばかりの状況で、クライアントとのアポに遅れそうだった時。
両方とも精神的にあまりいい状態ではなかったように思える。
多分心配をかけたくなかったんだと思う。

結婚した私を気遣ってか、その人も私が連絡しない限りは連絡はしてこなかった。

その人は人の写真を撮るのは好きだったけれど、自分が撮られるのは好きでなかったみたいで、私が持っているたくさんの写真の中にも、その人の姿は一つもない。
唯一持っているのが、その人がどこかのクラブのパーティに行った時に、雑誌の取材が入って、客の一人として掲載された時の切り抜きだけである。


心の中で"いつかまた会える"と思っていた。
いつまでも独りで同じアパートメントに住んで、同じ電話番号を持って、その人は変わらずにそこにいると信じ込んでいた。私が求めれば、いつでも会える人だと思っていた。
私の心の奥底の奥底にいてくれる・いてほしい、本当に僅かな人の一人だった。

だからその人の死は、私にとって"意外なもの"であり、自分だけの信じ込みで連絡をしなかった自分が悔しく思える。

残念ながら共通の知り合いからどうしてその人が亡くなったのか、聞くことは出来なかった。
死のかたちは何にせよ、最期にその人が"いい人生だったな"と思えられたならいいなと願うばかり。

人の死は悲しい。
そこから学ぶことは多い。
当たり前にあるものを当たり前だと思ってはいけないと、今回のその人の死で学んだように思う。

Mさん、本当にありがとう、心から感謝しています。。。安らかに眠って下さい。