両親の帰国、オリンピック閉会・・・

Back to normalです。

約1ヶ月滞在していた両親がオリンピック閉会式当日帰国。
空港の混雑を心配していたものの、実際にはほとんど影響なし。

こんな人もいました↓

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全然動かないので最初はマネキンだと思っていたら・・・↓

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時々動いてました。

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ネットでは売り切れだった男子アイスホッケー、チーム・カナダのLanyardを見つけて購入↓

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裏側には選手一人一人のサインプリントが入っている。


前日にネットで買ったコインセットも、空港では1セット買うと、もう1セットもらえるというセール(しまった・・・)↓

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ネットでは他にこんなものを購入↓

やっぱり87番シドニー・クロズビー

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祖父母とのお別れに息子は泣くかわりに

『飛行機に乗るりたいもん!!』

と激怒。
カルガリーでルナを預けたときと同じリアクション。
彼なりの寂しさの表現なのでしょう。

今回の両親の目的は【改装の手伝い】と【オリンピック】。
働くのが大好きな両親。
改装の手伝いも毎日手伝ってくれました。
オリンピックもいくつかゲームを観戦し、かなり楽しめた様子。

普段身内のヘルプが受けられないので、この際に・・・とばかりナイトアウトや買い物、ゆっくりと一人の時間を楽しもうと思ったけれど、然うは問屋が卸さない!
彼らだけでは移動が出来ないので、オリンピック会場への送迎、買い物に付き合ったりとか、なんやかんやでいつもより忙しく、たくらんでいた計画はほとんど実行できず(涙)

右も左も分からない両親と息子を連れて、パビリオン巡りまでする気合いもなく。

でも両親と充実した時間を過ごせたので感謝することにします(苦笑)

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オリンピック最終日は、男子アイスホッケーのカナダVSアメリカの試合。

ひゃ~、すごいね、最後にこんなカードになるとは!!

空港から戻ってすぐにピザを作り始め、ビールもたっぷり用意して家族でテレビ観戦。
2-0でカナダが勝っていたのに、1点返され、3rdピリオドの本当に最後の最後で同点に追いつかれる。
この時点でもう私は涙目。
かつてこんなにエキサイトした試合はないかも。

心臓にものすごく悪い試合でした(心臓に問題のある私には本当に痛かった・・・)

オーバータイムはもう見ていられなくて、チャンネルを変えた私(意気地なし)

仕事に行った配偶者からの電話

『Richie、カナダが勝ったよ!』

で、慌ててチャンネルを戻したら大歓声。

テレビで観るバンクーバーの街はまさに狂喜の渦。
かつてこんなに人が集まったことはなかったのでは?
宴は夜中まで続いた様子。

私は1994年のスタンレーカップ(バンクーバー・カナックスVSニューヨーク・レンジャーズ)の時の暴動を体験しているので、もしカナダが負けたら恐ろしいことになるだろうなと思っていたけれど。
(まぁあの時よりは警備も多いし、大丈夫だったかもしれないけれど)
バンクーバーのメインストリートのロブソンストリートのお店のショーウインドーが破壊され、アラームは鳴りっ放し、死者も1名出た。
(略奪とかはあまりなかったらしく、そこがバンクーバーっぽいといえばバンクーバーっぽかったかも)
最後には催涙ガスで暴動を止めないといけなかったくらい。
私も催涙ガスの被害に遭ってしまった(暴動が起こっている時、外で騒いでいたわけではないですよー)

当時、現在主にHMVとCTVが入っているビルが市立図書館だったので、事件後、騒ぎを起こしている人物達の写真を大々的に外の窓に貼り付け、犯人探しをしていたバンクーバー市警。

日本では

『これはロサンゼルスでもニューヨークでもありません。
北米のカナダ、バンクーバー市で起きた暴動です』


と報道されたとか・・・。


下の写真は私が実際に撮った1994年のスタンレーカップ期間中のバンクーバーのダウンタウンでの写真↓

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靴屋のALDOの看板に時代を感じます・・・↓

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こうやって信号機に登っちゃう人とかいっぱい↓

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今回はハメを外す人達はいたものの、勝ったこともあって平和的にお祝いのお祭り騒ぎができたみたいで良かった。


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閉会式は自虐的なジョークも多く、ダサダサなセレモニーだったけれど・・・。
個人的にはとても良かったなーって。

だってこれがカナダですもん。

カッコつけてやっても無理があるのがカナダ(いや、バンクーバーか)
あえてカナダのダサさを見せつけた手法に拍手。
何もかもカッコよくやる必要はないと思うので。



17日間のオリンピックの感想としては、カナダ人の奥底にあった【愛国心/patriotism】を感じた日々だったかな。

オリンピックが始まるまでは、

"開催都市なのにこんなに盛り上がらなくて大丈夫なの?"

と実はちょっと心配していたし、2月といえば雨季のバンクーバー。
そんな雨降りのバンクーバーに他の国から来ても、バンクーバーの良さはあまり感じられないんじゃないかと心配していた(春や夏だったらお天気も良くて景色も綺麗だし、"またバンクーバーに来たい"と思ってもらえるのではないかと・・・)

ところがどっこい。

聖火リレーがだんだんバンクーバーに近づいてくると、やっとみんなが盛り上がってきて、カナダの選手がメダルを取るたびに街は多くの人でお祭り騒ぎ(結果、金メダル14個で冬季オリンピックでの歴代最高記録。ちなみに一位はアメリカの金・銀・銅合計37個、これも歴代最高記録)

街が日ごとにカナダのカラー、で埋め尽くされていく。
一週間目は春並みの快晴が続き(雪不足で大変だったけれど)、Spring Olympicと言われたくらい。
他の国から観に来ている人達にも、バンクーバーの評判は上々。

普段、娯楽が少ない街なので、市民がこうやって盛り上がってしまったというところも一因としてはあるのだろうけれど、今までのオリンピックに長く携わっているテレビキャスター曰く

『こんなに盛り上がったオリンピックは今までに体験したことない』

とまで。

そうやって聞くとなんだか嬉しかったりしてね。
いつも何かあっても一歩下がって白けた感のあるバンクーバー市民しか知らないので。
(ヨガソンとかで感じるバイブはまた違いますが・・・)

開催都市に住んでいて、一生に一度経験できるか出来ないかのコトだし、もし市民が盛り上がっていなかったらちょっと寂しすぎたかも。

私はカナダ人ではないので【愛国心】はないけれど、カナダに住まわせてもらっている身の上からいくと

【愛着心】

なるものはあるのだな~と。

多民族・多文化のカナダ。
このオリンピックで人々が経験して感じ取ったことがどう動いていくのか、ちょっぴり注目。

オリンピックで使いまくったお金の負担はここに住む人達に重くのしかかってくることでしょう。
だけどもう楽しんでしまった後のこと。
文句を言いながらも結局住んでいる私達が払っていくしかないのでしょうね。

最後に選手の皆さん、ボランティアの皆さん、本当にお疲れ様でした。


【おまけ】

今回のオリンピックで一番笑えたショット↓

ウィスラー・ヴィレッジで歩きながら差し出されたピッチャーからビールを飲むJon Montgomery選手(スケルトン男子金メダル)
(公共の場での飲酒は禁止されているんですけどね、ここでは・・・(苦笑)
きっとものすごく美味しい祝杯だっただろうな~。

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オリンピックの選手達、いろいろな職業の人がいるけれど、ちなみにこの人は"中古車販売"だそうで。
他にも"消防士"とかも・・・。

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